小田 理一郎さん「体制の完全な崩壊の前に、私たちは乗り換える船が必要だ」

トランジション・タウンの本が出ることは、とてもタイムリーなことだ。なぜならば、私たちの暮らし、仕事を取り巻く社会経済システムは、今まさに「トランジション」が求められているからだ。

コロナ禍によって「ニューノーマル」へ、気候変動によって、早晩の実質炭素排出量傾向の反転降下と2050年までに実質ゼロの実現が求められる。大量生産、大量消費、大量廃棄のパターンを見直し、「持続可能な発展目標2030(SDGs)」に向けて、より多くの個人に幸福追求に十分な豊かさ追求しながら社会と自然が共生する新たなシステムへの変容の必要性が叫ばれる。また、東日本大震災から10年、私たちはどれくらいレジリエンス(再起力)のある社会へと変容できているだろうか?

社会経済システムは、私たちの行動、文化、関係性、市場、科学技術、規制及びガバナンスなどの総体として体制を形成する。私たちの考え方が体制をつくり、その体制が私たちの考え方に影響を与える。支配的な体制が形成されると、同じ轍の中を慣性をもって回り、そこから新しい軌跡を築くのは容易ではない。日本や世界がこの80年余りで形成してきた体制は、人類史のランドスケープレベルでの流れや変化の中でさまざまな歪みを起こしており、崩壊の危機を迎えている。体制の完全な崩壊の前に、私たちは乗り換える船が必要だ。そして、新しい体制への移行や橋渡しを助けるのが、「トランジション・ムーブメント」と言えるだろう。

過去の社会経済システム転換の歴史から、それが綿密な計画やコントロールで起きるものではないことがわかっている。また、既存の体制のリーダーたちは、変化主導に不向きで、むしろ、抵抗勢力になることが多い。転換は、ボトムアップで起こり、大勢を形成し、そして新しいシステムとリーダーたちを生み出す。

この本は、英国トットネスに始まり、日本では藤野が中心となって始まったムーブメントの軌跡が描かれる。ビジョンを語り合い、ビジョンに向けて、現実的に変化できることについて、ローカルに入手、アクセスできるリソースを活用しながら、インフラや経済の仕組みやコミュニティのルールを革新し、新しい暮らしや仕事の慣行を実践している。トランジションはコントロールできなくとも、おおまかにガイドをして、内外に影響を与えることができるものだ。そのイメージがより多くで共有され、根底にある価値観やパラダイムが新しい可能性を迎え入れ始めたとき、システムの変容は加速していくであろう。

トットネスや藤野などを、理想郷のように期待するのは誤りだ。例えば、どちらの町でも未だガソリン車が走っている。私たちの暮らしは、グローバルや国などさまざまな規模のシステムの影響を受けている中で、すべてにおいて理想を実現しなければならないと考えてしまうとシステムの変容は起こりえない。むしろ、大きなシステムの中にあっても、ローカルに影響を与え、変えられるところからしたたかに変えて行くものなのだ。そうして、かつては「こんなことはムリ!」と試しもしなかったことが、「そうか、こうすればできるのか!」と変わっていく。既存のシステムの中でも、行動変容は可能だという、ショウケースとなってくれる。

この本には、ローカルレベルの変化がどのように起こるのか、どのようなチャレンジに直面し、今までの通念や常識を覆し、現実的な成果を積み重ねていくのか、が描かれている。既存体制との間で生まれる軋轢、効率・利益重視に変わる新しい価値のモノサシ、そして、自己組織的な変化を生み出すための新しい関係性、ルール、行動規範など、ローカルレベルの変化に求められるおおいなる学習の歴史が刻まれている。

こうした学びは、組織や地域規模でのあらゆるシステム的な変容に有用だろう。どのように未来を思い描き、困難においても影響可能なところを見出して、自らをガイドし、共進化する変化の生態系を築く上で、多くの示唆を与えてくれる本である。

小田 理一郎(おだ りいちろう)

経営コンサルタント/学習・対話ファシリテーター/研修講師

有限会社チェンジ・エージェント代表取締役社長兼CEO
非常勤講師、東京工業大学
Global Associations of SoL Communities監査(オーストリア)
International Network of Resource Information Centers理事(米国)

サステナビリティに向けての変化の担い手であり、日本において「システム思考」と「学習する組織」の普及・実践の推進に務める。外資系企業で働き、また、環境NGOの運営を経験して後、2005年にチェンジ・エージェント社を設立し、社会課題と事業機会を掛け合わせて、事業価値・社会価値の両立を共創するための学習とプロセスコンサルティングを提供する。セクターを超えた共通価値創造および個人・組織レベルでの能力開発に焦点をあてる。13年間に協働のファシリテーションあるいは学習のためのワークショップを1000回以上開催し、国内外の企業、政府、国際機関、NGOからの参加者は20,000人以上にbのぼる。現在、食のサステナビリティのためのサプライチェーン・イニシアチブを主宰する。

デニス・メドウズ、ピーター・センゲ、アダム・カヘン、ビル・トルバートほか、組織学習協会(SoL)などのネットワークを通じて数多くの実践者たちと協働を重ねている。組織学習協会の日本コミュニティおよびグローバル組織を共同設立し、リーダーシップ、組織開発、サステナビリティなどの分野における国際ネットワーク組織のボードメンバーを務めてきた。また、東京大学、関西大学、東北大学、東京工業大学で非常勤講師として教鞭をとっている。オレゴン大学経営大学院で国際ビジネスを専攻してMBA取得

著書:『「学習する組織」入門』(英治出版)、『マンガでわかる学習する組織』、『もっと使いこなす! 「システム思考」教本』(東洋経済新報社、共著)、『企業のためのやさしくわかる生物多様性』(技術評論社、共著)、『なぜあの人の解決策はいつもうまくいくのか』(東洋経済新報社、共著)