設楽 清和さん「全ての生き物がその生を全うして生きることができる世界へ」

パーマカルチャーの創始者の一人であるビル・モリソンは、彼が書いたパーマカルチャー の最後の本である「A Designer’s Manual」の最後の章をコミュニティーに当てて、その中での持続可能性を基調とした産業や社会、そして経済のあり方を事細かに描き出している。そしてこの地球が持続可能であるためには人の世界は地域の資源と人の能力を生かした自立したコミュニティの集合体でなければならないと結んでいる。


 また、フランスの哲学者であるJ.L.ナンシーは、その著「無為の共同体」の中でコミュニティは「人間の本質を成就する場」であると、コミュニティが何ものであるかを明確に描き出している。人はコミュニティなくして自らの本質を成就しえないということだ。私たちはこの混乱の時代において、今そこに向き合わなければらないのだと思う。

 トランジッションタウンの運動は2000年代はじめに議論されたピークオイルという、いわゆるノンリニューアブルエネルギー(化石燃料と呼ばれる再生不可能なエネルギー)の生産が当時を頂点にして下がり始めることが予想される中で、右肩上がりではなく、右肩下がりとなるエネルギーの供給に合わせてどのような世界を築いていくのかという問いに対する一つの回答として、既存のコミュニティーをより循環的でエネルギーの消費の少ない状態へと変化させていく「トランジッション」を目的として、当時イギリスのトットネスでパーマカルチャーの指導をしていたロブ・ホプキンスの発案により始まったものと理解している。


 増える人口と、常に拡大していく経済活動を考えるときに、エネルギーをどのように供給していくかという課題は、そのような多大なエネルギー消費がもたらす地球温暖化の問題も絡めて、私たち人類ばかりではなく、地球の全ての生物の生存に対して大きな暗い影を投げかけている。人間が発展とし、それこそが善であると見做してきた科学的な理解や、それに基づくテクノロジーの発達とそれがもたらす経済の拡大という動的な構造そのものが、私たちの未来を、そして、今生きることさえも不安に覆われた息苦しいものにしてしまっていることを、誰も否定出来ないのではないのだろうか。


 もう一度原点に還ること。即ち、自然、人、文化(社会)の本質と、それらが存在している意味を深く考察する一方、それぞれの本来のあり方を、日常の思考や行動において現実化することこそが、この暗澹たる現状と未来に対して光を投げかける唯一の方法ではないかと私には思える。


 幸いなことに、日本は海に囲まれた島国という生態学的に完結した自然状況にあることで、自然が持つ自らを維持しながら発展させていくという永続性へとつながる本来のメカニズムを尊重しながら、自分たちだけではなく、未来に生きる者たちの生も確保していくために、人と自然の間を取り持つ知恵を磨いて、自然の持つ潜在的な力を生活を豊かにする術へと転換させてきた。今からおよそ150年ほど前に日本、韓国、中国を訪れた米国の農学者であり、政府の役人でもあったキング氏がそこに見出したpermanent culture(永続可能な文化)は、循環的な生活と農の取り組みという科学的、現象的な解釈により説明されるものではなく、むしろ、人が、自らが生きることを目指しながら、しかも自然との接点において、自然の持つ理に自らの解を深めて、それを日常の行動へと落とし込んでいった文化本来のあり方そのものと解釈されるべきものだろう。


 トランジッションの意味は安易に西洋的な空間のあり方を持ち込むことではなく、むしろ、流れゆく時間の中での自らの変遷を省みて、私たち自身が失ってしまったもの、失ってはならなかったものの中に、求めるべき姿の原型を見出し、しかも、そこに戻るのではなく、それが持っていた現代にも変わることのない価値と、それを可能にしていた人々の自然観や集落が果たしていた役割、日々の活動を明らかにし、それを再構築するために、今を変化させていくこと、即ち人々の生活の中に存在し、機能していた文化の生成の基本的なメカニズムを取り戻すことにあるのではないかと思う。その主体が自然であれ、あるいは人間が作り出したものであれ、大きな力により、思いもしない変化が起きることが日常となってしまった現在だからこそ、全ての生き物が今も、未来もその生を全うして生きることができる世界へと、個としての人の力と、人のつながりが持つ力によって、この世界を変えていくことがトランジッションタウンという運動の役割ではないかと強く思う。

設楽 清和(しだら きよかず)

パーマカルチャーセンター・ジャパン代表

新潟にて米農家として5年間従事した後、アメリカにて人類学を学ぶ。パーマカルチャーと出会いオーストラリアにてデザインコースを修了。作った米や野菜を食い荒らす猪と対峙しながらパーマカルチャーのモデルガーデンを作り、各地での講義も行う。
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