辻 信一さん「おだやかで楽しげな、でもラジカルな大変革運動」
送られてきた原稿を読んで、「これこそ、ぼくがずっと待っていた本だ」と気づかされた。そして、これを知らず知らずのうちに“待ちわびていた”人はたくさんいるだろうと思った。その人たちのためにも、ぼくは出版を楽しみにしている。
本の中心をなす柱は、トランジション藤野の物語だ。その立ち上げから現在までの歩みを、あくまでも具体的に、自らの体験をベースにわかりやすく伝えてくれる。この物語に奥行きを与えているのは、著者の榎本さん自身のコーチングの体験、フィンドホーンやトトネスでの体験、彼が師と仰ぐジョアンナ・メイシーとの出会いといった背景である。こういう文脈の中で、今や合言葉となった−―とはいえ、日本語には馴染みにくい−−「持続可能(サステナブル)」という言葉が、読者のうちで血の通うものになっていくものと期待したい。
これはトランジション・タウン運動への格好の入門書でもある。それがイギリスでいかに生まれ育ち、世界に広がっていったのか、また、今では70余カ所を数える日本のTT運動がどう育ち、広がっていったのかを知ることもできる。
海外の思想や運動を日本に輸入して種を蒔いても、なかなかうまく根づかないことがあるが、TT運動はその例外の素晴らしい一例だろう。いかにしてこの根づきが可能になったかを、ぜひ読者はこの本を通して学んでほしい。それは多分、これまで社会活動や環境運動に対してあなたが感じていたかもしれない距離感を解消する役目を果たしてくれるのではないか。
それにしても、コロナの時代もその2年目が始まったばかりの今、この本が出版されるのは、なんという絶妙のタイミングだろう。ますます多くの人たちが、トランジション(移行、転換>の不可避性と必要性を感じている。しかし、その同じ人たちがますます無力感や孤立感に苦しめられてもいる。そういう人たちに、この本を読んでほしい。
この本によれば、問題は自分をどうとらえているかという観方にこそある。だから<内なるトランジション>とは、まわりの人間たちや自然から分断された存在として自分をみる見方から、「自分を他者や自然とつながった存在として観る」という見方への転換だ。こうした内なる転換が、持続可能な町づくり、コミュティづくりという外なる転換と調和しながら、一体となって起こる。 それが今まさにコロナパニックの裏側で、世界のあちこちで起こりつつある、おだやかで楽しげな、でもあくまでも「ラジカル」な大変革運動である。
辻 信一(つじ しんいち)
文化人類学者。環境=文化アクティビスト。「ナマケモノ倶楽部」代表。
「スローライフ」、「ハチドリのひとしずく」、「100万人のキャンドルナイト」、「しあわせの経済」などのキャンペーンを展開。著書に『スロー・イズ・ビューティフル』など、映像作品に『アジアの叡智』(DVDブックシリーズ、現在8巻)など。新刊は『常世の舟を漕ぎて(熟成版)』